
japanlingva resumo
Eugen MACKO
哲学者の間では、日本の現代哲学にハイデッガーの影響が強く現れていることが知られており、ドイツにおけるよりもその影響が著しいさえ言われるほどである。多くの日本の留学生がマールブルク、そして後にはフライブルクのハイデッガーのもとで学び、なかには著名な哲学者となり、京都大学で教鞭を取ることになったもいた。
なぜハイデッガーはヨーロッパよりも日本で影響力を持ったのか。この問いを考えるのは興味深いことである。日本人はその伝統のおかげで、ハイデッガーの対話学的で存在論的な思考をよりよく理解できるのか。ヨーロッパの伝統である弁証法的な論証方法は、人類が今日抱えている根本的な問題を経験する妨げになっているのだろうか。
これらの問いに対する答えを求めて、本講義ではハイデッガーと彼の日本の弟子との対話を紹介し、今日においても切実に必要とされている東西対話の必要性についてのいくつかの結論を導きだす。どのようにしてハイデッガーの弟子の一人に過ぎない日本人は、いくつかの単語に手を加えただけですぐに対話に入り込んでいくことができるのか。この対話において、ハイデッガーはまず教える側と教わる側という二面的な対立を、他方では二つの文化の対立を解消させる。それは他者の立場を取ることで行われ、弁証法的な論証方法の抱える矛盾を回避し、交流の流動化が図られる。弟子の側も即座にこのことを理解することによって、二人の人間のあいだ、そして二つの遠く隔たっている、しかし最終的には人間的にとても近しい、東西文化の間で対話が展開されることになる。
以上のような対立を例として、我々はヨーロッパ的な弁証法的論証方法によってのみ対話しようとすることの可能性に疑問を投げかけざるを得なくなる。そして他の文化から学ぶことによってこの欠陥を正す必要性が明らかになる。
今日の経験によれば、東洋文化の持つ総合能力のおかげでより急速な発展が可能になっていることがますます認識されるようになっている。これはヨーロッパの文化の発展が鈍化し、停滞しつつあることと対照的である。かつてヨーロッパの文化が他の大陸(例えば、アメリカ大陸)の文化との対話の上に発展してきたことを考えれば、東洋文化との対話の今日的意義は明らかであろう。
ハイデッガーの思想による東西対話
湯浅康雄は述べている。ドイツよりも日本でハイデッガーが強い影響力を与えてきたことは広く知られている、と。
なぜそうなのかという問題は、興味深いものである。
私はそのための答えを、ハイデッガーとその日本からの留学生の間で交わされた対話に求めたい。そして同時に、ハイデッガーの思想は対話学的にのみ理解可能であるという私の主張を根拠づけたいと思う。
1.東洋的な思考方法には、主に仏教の影響のため、ハイデッガーが指摘しているヨーロッパの観念論の限界、もの的発想からの脱却がより容易に理解されるのである。
2.ハイデッガーの対話は、東西思想間においてそれまで知られることのなかった哲学的に深遠な対話である。ハイデッガーは当時すでに高齢であったため、残念ながらその成果を発展させることはできなかった。しかし彼をきっかけとしていくつかの試みが行われることになり、その意義は今日でも失われてはいない。